「タイシ物語」~大豆への情熱~
[第三章] 健康へのメッセージ ~代表取締役社長 工藤茂雄~
体に良い商品を求め続けて
私の父が教職を捨てて納豆屋になると決めた時、「納豆屋を選んで良かった」と思える人生にするんだと心に誓ったそうです。そのために次々と新しいことに挑戦してきました。子供から見ても、父はいつ寝ているんだろうと思うくらい働いていました。また、私が生まれつきI型の糖尿病だったこともあり、相当苦労したと思います。糖尿病の中でも生まれつきのI型は本当に珍しく、しかも劇症で、放っておくと1年や半年で死んでしまうそうです。当然長生きはできるはずがないと思っていました。当時、青森にはそんな難病を扱える病院がなかったので、私は幼稚園のときから入退院を繰り返していました。
[第二章] タイシの挑戦、それは自然と伝統と革新の融合
日本一の納豆を作りたい
太子食品工業は1940年(昭和15年)、大豆との関わりの歴史が古い青森県南部地方に創業。納豆が大好きな人々が暮らすこの地で、創業者の工藤榮次郎が納豆の製造販売を始めてから、70年近くの時が経ちました。
美味しくて、健康に良くて、みんなが喜ぶ製品を、という思いは今も変わりません。太子食品工業の歴史はそうした思いの中での、研究と開発の歴史でもあります。創業から六年後、教職を長く続けていた榮次郎の息子・一男が当時、教頭であったにもかかわらず、家業に参加することを決意しました。「日本一の納豆を作りたい」それが一男の思いでした。
[第一章]タイシの原点、それは日本の風土、食文化
みちのく南部と大豆
太子食品工業は1940年(昭和15年)、青森県南部地方に創業しました。
この地は梅雨から夏場にかけて山背(やませ)と呼ばれる冷たい風が吹く寒冷地帯。昔は「南部の殿様、あわ飯、ひえ飯、それにぶっかける千菜汁」と、殿様でも白米を満足に食べられないといわれたほど、冷害の多い稲作の難しい気候風土でした。